日記です。はい。
最近、ノートの方にはあんまり向かってないんですよ…
デフォルトではキィボードの方が思考と同じ速度で書けるので、手で書くのはあんまり好きじゃない。
文章じゃなくて、図とかだったらアイディア出しとかだったら絶対手なんですけどね。
あと最近、内と外の区別があんまり無いのかもしれない。…ゆるいなあ自分^^;
そんな訳で、日記的エントリが続いてます。
嫌な方にはごめんなさい。
****
下の方のチャクラ系オイルが無くなりました。
また作らなきゃ。
乾燥肌なんで、マッサージまでやっちゃうと減りがすごく早いです。
ベースにアボガドを投入してあるので、結構重いんですけどね;
セサミが欲しいなぁ…冬だし。温めにはセサミですよ。ええ。
あと、チャクラへの影響云々じゃないところで、パルマローザを混ぜたい。
保湿…特に、加齢の関わる乾燥対策…には、パルマローザは効果テキメンです。
サンダルウッドも良いんですけどね…入れてあるんだけど、おっつかないようで;
ミルラは家にないしなぁ…。
と、この辺りは、乾燥とくれば混ぜとけって感じの精油です。どれもちょっと辛気くさい香りですね…抹香臭いというか…、そういえば^^;
フランキンセンスも良いんですけどねぇ。私的には、これは顔の保湿か、体なら夏場って感じのイメージ。やっぱり上に挙げた三つのように、精油自体が重たい感じのするものの方が、冬の乾燥には安心ですねぇ。
お悩みの方にはご参考に♪
****
で、です。
体に入るという話。
なんだろなー。
今までも何度も「体を忘れるな」と言われてきたんですけど、あんまりピンと来なかったんですよねぇ。
んで、「肉体にちゃんと入る」ことと「グラウンディング」をいっしょくたに考えてたところがある。
違うんだなー、と最近思います。
今なら、何となく分かる。
コーンじゃなくて、ローズマリーだった訳が。
****
しかし。
あれですね。
「人生が楽になる 超シンプルなさとり方 」にならって気をつける毎日ですが。
体を感じて、「今、ここ」を味わう。
いやー、やり出すと、いかに自分がやってなかったかがよく分かる(笑)。
「肉体を忘れてるからよ!」と、言われるはずだわ、自分。
こういうのって、しかし、あれなんですよねぇ。
こうやって、「あっ!ほんとだ!」と実感できないと、「肉体を忘れてる」こと自体が自覚できないんですよねぇ。
そう思うと、他の人に何か言うときにも、「まぁ、いつか”あっ!このことだったんだ!”って思ってもらえるときが来るかもしれないしな」くらいの気軽なスタンスになりますね(笑)。
と、それは置いといて。
いかに自分が、肉体を忘れがちか。
ほんとに繋がりがあるのかどうかは知りませんけど、「肉体とつながる」というキィワードを出すと、私の中で真っ先に思い浮かぶのはやっぱり、「リストカット」と「過呼吸(過換気症候群)」、「離人感」なんですよね。
昔々。
一番ヘヴィなリストカッターだった頃には、「切らないと、過呼吸が出る」という自覚がありました。
過呼吸が辛くて、それから逃げたいから、切る。
「その過呼吸は、何故出るか」は不問でした…高校生くらいからずっとあったしなぁ。「持病」という札を貼付けて、「思考停止ボックス」に入れていました。
お医者様に、「過呼吸はいつか終わるけど、リストカットはエスカレートするばかりになるから、出すなら過呼吸にしなさい」と言われて、まぁその時はタイミングが良かったんでしょう。素直に頷いて以来、切る頻度はぐっと減りました。
その代わり、案の定というか、過呼吸はずっとあるんですが。
結局未だに過呼吸はある…と思う。多分。
一番直近が…この間の春かな?
すごくストレスがかかる状況があって、それから解放された途端に「きたきた」と。
「持病の札」というのは強力で、離人感にしてもそうですけど、「いつ出るか」は大体分かっちゃってるんですよね、自分的に。
「あー、これは、来るな」と思うと、出る。
かつ、対処法も分かってるから、パニックにもならない。
「あ、やっぱり出た出た。よし、んじゃ落ち着いて…」みたいな感じ。
こういうのって、まぁ良く言えば「付き合う事が出来ている」というんでしょうけど、突き詰めれば「その原因を考えない」状態で落ち着いちゃってるとも言える。
話が突然変わるようですが。
結構、ここ数年まで、自分の呼吸に意識を向けるのが、すごく怖かったです。
「産まれ直しのワーク」?とか、あんなの「絶対嫌!」と思ってました。
過呼吸が出るのが怖かったし、呼吸を意識すると必ず過呼吸状態になったのですね。
いくら対処は分かってるって言ったって、好んで出したいとは思わないです。辛いし。
それもあって、瞑想とかヨガとか、知ってても、「呼吸を扱う」感じのものは避けて通る傾向がありました。
瞑想マニアみたいになってる現在から思えば、面白いもんですね(笑)。
今、肉体を思い出すために一番手っ取り早く使えるのはやはり、「呼吸に注意を向ける」ことで、一日に何度も使う(…それだけ「忘れてる時」が多いってことですが;)んですが、その度に思い出します。
あー、以前は、怖かったよなぁ…、と。
結局、つまるところ、長い間「リアルな実感を得る」ことに、オーバーヒートしてしまってたんだろうなぁと思います。
焼き切れて、過呼吸が出る。
そのときに、リストカットすれば、その「焼き切れ」を直視せずに済む。或は「自分はもう、オーバーヒートしてしまっている」ことを、受け入れずに済む。
でもなんで焼き切れるのか?
それはまぁ、これからまだまだ探っていかないといけないんですが。
昨日、結構久しぶり(っつっても、1ヶ月くらい?)に、「フラワーエッセンスレパートリー 」を開いていました。
引っかかるのが結構変わってるのが、面白い。
その中で、ずっと言ってるフォーンリリーは、やっぱり必要かなぁと思うんですが、意外にディルとか良いのかもしれない、と思ったりしたのは、結構発見。
要は、「感じ過ぎる」から、肉体に入り込むのが辛いのかな、という線ですね。
元々魚座で非常にクレマチス的でもあり、また理想主義で熱狂しやすいヴァーベインでもある(ASCは獅子座ですし)ので、ちょっと「浮いてる」くらいが、多分心地良い「デフォルトの状態」なんだろうなとは思います。
そう思うと、いきなりローズマリーとかタンジーとか、っていうのは、確かに急激過ぎたのかもしれない。
クレマチスも、絶対必要になるとは思うんですが、今までのところ、なかなか出て来ないエッセンスなんです。が、それも同じ理由で「さもありなん」と思ったりします。
もうちょっと、クッションを置いてあげたり、そもそも「がっつりと肉体に常時入り切る」という程のところは目指さないくらいで、丁度良いんじゃないかしら、と。
経済への不安(この先、喰っていけるのかしら?という不安が、私は強過ぎるので…)と「愛されない」気持ち、どちらも第一チャクラだという説を目にして(まぁ諸説あるんですが)以来、併せてトリリウム等で第一チャクラを浄化・バランスさせてあげつつ、という方がいいのかも、と思ったりもします。
話がまたまたずれて来たので戻します。すみません。
大体、離人感も、「自分に嘘をついている」状態が続いたり、その上に緊張が乗ったりすると、出易いようだという仮説が、今は出てきていて。
大体、「現実的になり過ぎ」たりとか、「本当は嫌なのに、”嫌”と思っていることに気づかずに」いたりした後に、出てることが多い様な。
そう思うと、結局の所、
・肉体と繋がるのは大事
・だけど、どれくらい繋がってるとベストなのか、という「自分のニュートラル」を同時に掴むことも大事
というのが、最近の結論になってきてる、かも。
そして、「自分のニュートラル」に沿った形で、ハートとボディが一致してる、という状態が手に入れられれば良いんだよな、というような。
そのためには…
・下の方からチャクラを順に整える
・感受性、繊細さをバランスさせる
・エネルギーの流し方、wholeでの使い方を身につける
・そして、肉体と世界を受け入れる
というような事をやっていけば、いいのかな??
****
さてさて。
そんな私ですが、相変わらずぼーっとしてます。
なんかねぇ…最近、どうも「焦らない」というか「焦れない」んですよ。
停止。Pause。
いかんなー、と、(請求が来たときなどに、特に)思ったりはするんですが、でも前みたいに「やばいよー、やばいよー」と焦りに焦って混乱して寝込んだり、しない(笑)。
一部友人の間で私は、「頭のキレる武闘派」という称号を頂いてるんですが(苦笑)。ぜ〜んぜん嬉しくないよ。
でも、そう呼ばれる部分があるのは、認めざるを得ない。
そしてまた、ここで書いてる事を振り返っても、私はすごく…或は必要以上に…「現実的な着地点」にこだわる習性があるように感じます。
「ヴィジョン、見えましたー♪」とか、「天使さんのチカラを実感してます☆」とかいうほうに、どうしても手放しでは行けない。
これ、ブロックだと思うんですよ。多分。
なんか、そうやって「自分をちゃんとつなぎ止めておかなければ、何か酷いことになる」感じが、すごーく強い。
どっかでそういう事が、頭から離れないんですよね。
だから、スピ系とそちら(所謂「現実」)とを「どう結びつけるか」とか「その間のどこに着地するか」をいつも探してるんですが。
そういう私は、今の「ぽけっ」とした感じに、それなりに危機感を持っています…全く「それなりに」でしかありませんが(苦笑)。
いや…こんなの、初めてで、戸惑ってるんです(苦笑)。
頭では、「いや、いかんって!やばいって!」という文言が鳴り響いたりするんですが、もうハートがぜ〜〜んぜん「無視、無視」って感じなんですよ。
といって、どうにかなる道筋は全くついてないし。
逆に、超投げやりになってる訳でも、全くないし。
なんか、すごーく「静穏」って感じ。
もうそこからハートがしばらく動きそうにないので、仕方ないから「引き寄せの法則」に従って、「ネガティブな想像」を追い出す方に専念しております(苦笑)。
なんかねぇ…すんごいダメ人間コースに乗っかっちゃってる気が、するんですけどねぇ(苦笑)。
でもホントに、ハートが反応しないんですよ。焦ってじたばたする方向には。
…そこで、私は思うのです。あぁ…チェリープラムのエネルギーが、ようやく出てきた…みたいな。
もう、アウトオブコントロール、って正にこのことなんですもの。
いかに、自分が、自分をコントロール下に置きたがってきたか。またそれを実践し続けてきたか。
ほーんと、こんなに「あぁ…もうコントロールなんて、無理無理」と、自棄でもなく、諦めでもなく、素直に感じるなんて、人生の中で記憶にありません。物凄く新鮮で斬新。
そんな訳で、私はこのままどこに行ってしまうのか…。
と、本人はちょっと不安なんですが。
でも、あれですよねぇ。
他の方のブログとか、お話とかね、色々触れていて、結局のところ、素直な人の言説が一番心地良いというのは真理ですね。
つくづくそう思う。うん。
私がね、上に書いたように「現実に対処する」ことを徹底的に(或は強制的に)自分に課して、「夢見がちな自分」を抑えつけがちでね。
なんかねぇ…そうやって、ずーっとやって来ましたけど、最近ねぇ。
同じような人と触れ合うと、ちょっと居心地悪いんですよ。大変勝手ながら。
んで、下手すると、何か「やらしいなぁ」って感じを受けたりする。
自分もそうなんだな、と思うとねぇ…最近はもう、「無理すんの、やめよ」って方向に、どんどん行ってるように思ったりします。
無理すると、批判したくなるし。分かったようなこと…なんだけど、単に自分に諦めを課すためだけの言葉…言いたくなるし。
もう、なんか夢見がちで良いじゃん、みたいな。
それが上手く現実…つか、経済社会…とバランスされるポイントを見つけて、そこで生きる方が良いじゃん、みたいなね。
****
先日、10年来の友人に、言われました。
「あなたは、石橋を叩いて叩いて渡らないようなところがある。」(ええ、その通りなんです…超慎重派なんです)
「けど、そんなにも慎重になり過ぎなくて良いと思うよ。
チャンスを失ってるよ、ってくらいに、石橋を叩き過ぎてるように見えるよ。
別に、渡り始めてから、ちゃんと”あ、ここひびが入ってるから、危ないわぁ、戻ろう”って判断も出来る人だと思うし。
本当に橋がやばくて落ちそうになっても、ちゃんと助けが入ったりもする人だし。
んで、万が一橋から落ちてしまっても、そこからすら何か吸収して学べる人だと思うし。
自分で思ってるほど、一度落ちたら滝壺まで一直線、って人ではないと思うよ」
ちょっとねぇ…なるほど、と思った訳なんです。はい。
自分を買いかぶるとか、そういうんじゃないんですが、素直に受け取って良いアドバイスだなぁ、と。
私は、自分が夢見がち過ぎて、コントロールを手放すと、「あれ〜?知らない間にずぶ濡れ〜?」みたいなことになるタイプだ、と、多分思ってるんです。
で、それは全く良くない生き方だと…リスキー過ぎる、かな?…否定してるんです。
そういうセルフイメージと照らしてみると、確かにその人の言ってる通りかもなぁ、と思ったりします。
先日のヒプノでは、別の方から「今まで、寝っ転がって来た訳ではなくて、ものすごい努力をちゃんと積み重ねてきてるんだから。頭でのコントロールを手放したところで、努力して身につけたことは、ゼロにはならない」と強く言われたりもしたんでした。
肉体を思い出す度に、そういうことたちが頭をよぎっていて。
ほんとに、そろそろ、ぱっと何か飛翔するときが来始めてるのかなぁ、という気持ちになったりします…そこに、喜びも不安も期待もなく、ただただ平静に(笑)。
現実的には、まぁどう考えても、今のまんま行けるってことはないので(笑)、きっといつかまた、時機が来たら、すんごいエンジン開いて、がっと動く時もくるんだろうな、と。
もちろん、自分が何か「決め」ないと行けなくて、そこは履き違えちゃいかんなーと(のんびりと)思ったりするんですけど、でもあくまでも「不安」や「焦り」から決めるんじゃなくて、ハートからすんなり決まるのを待ってもいいかな、と思ったりしています。
どうせ私だから、そう遠くないときに、必ず「ががっ」と走り始めるはずだから(笑)。
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/80466959
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/80466959
この記事へのトラックバック


